遺産分割


相続人の確定

まず,遺産分割の話し合いをするメンバーを確定します。
普通は,亡くなった人が生まれてから亡くなるまでの戸籍・除籍・原戸籍の謄本をすべて揃えればよいです。
この作業の過程で,今まで知らなかったきょうだいをはじめて知ることもあります。
戸籍には入っていないが,血がつながっている相続人がいる場合も,遺産分割のメンバーとして加えなければなりません。
ある人が相続人かどうか争いがある場合には,その決着を先に付けるのが普通です。
相続人の範囲が確定すれば,その後は民法の規定に従って,法定相続分を計算することができます。


遺産の確定

遺産の目録(リスト)を作らなければなりません。
被相続人と一緒に生活していれば,どのような財産があるか,見当がつくのでしょうが,それでも財産漏れはあります。
遺産の調査は,借金の調査も含め,できるだけ詳しくやったほうがよいです。
たとえば不動産のように,分けることが難しい財産は,遺産分割の対象となります。


反対に,預貯金などのように,数字で簡単に分けることができる金銭債権は,法定相続分に従って当然に分割されるというのが判例の考え方です。
ですから,理屈としては,遺産分割をしないで,預金の法定相続分だけの払戻を受ける権利はあります。
ですが,不動産を全部もらうかわりに,預貯金は他の相続人にあげるといったように,金銭債権を調整用に使うと遺産分割がしやすいため,預貯金などの金銭債権を遺産分割の対象とすることもよく行われます。
変な話ですが,相続人全員が合意すれば,預貯金も遺産分割の対象となるのです。

場合によっては,他の人の名義(名前)を使って取引する場合もあります。
「被相続人名義になっているが,本当はオレのものだ」とか,「子どもの名義になっているが,本当は被相続人のものだ」といった主張も出る場合があります。

ある財産が遺産に含まれるかどうか,話し合いで決着がつけばよいのですが,どうしても主張が食い違う場合には,最後は訴訟で決着を付けます。


特別受益

相続分は民法900条に定められていますが,一部の相続人が生前贈与を受けたりしている場合には,それを無視して平等に分割することがかえって不公平に思われることがあります。
そこで,民法903条は,亡くなった人から「遺贈」を受けたり,「婚姻」や「養子縁組」のため,あるいは「生計の資本として贈与を受けた者があるとき」は,それを「特別受益」として考えて相続の割合を修正するとしています。
ですから,生前贈与や遺贈を多く受けた人は,特別受益があるとして相続分が小さくなってしまいます。
ただし,贈与をたくさん受けたからといって,すでに受けたものを返すことまでは求められません。
特別受益の制度は,共同相続人の間に公平をもたらそうとして作られたものではありますが,現実には,特別受益を受けた相続人がその特別受益を明らかにしないと,他の相続人には分からないことが多いです。
「兄貴が贈与を受けているはずだけど,いくらもらっているかははっきり分からない」という相談がたまにあります。
何か贈与の証拠があればいいのですが,あまりに昔のことで何も証拠が残っていないことも少なくありません。
相続で兄弟姉妹が争いになるときにはこのようなことがしばしばあり,弁護士としても困ってしまいます。


寄与分

兄弟姉妹の中で1人だけが自分の人生を犠牲にして親の家業を手伝い,親の財産が増えたとします。
この親が亡くなって相続となった場合,親の家業を手伝ったこと手伝わなかった子が同じだけの財産を得るのは不公平に思われます。
そこで,民法904条の2は「労務の提供」「財産上の給付」「療養看護」などによって特別の寄与をした相続人に「寄与分」というものを認めることとしました。
この「寄与分」は,昭和56年1月1日の改正でできたものです。
ただし,貢献は普通のものではなく「特別の寄与」であることが必要です。
同居して生活を見ただけでは,寄与分に当たらないとされることもあります。
寄与分は,共同相続人の間で協議ができればよいのですが,それができないときは,家庭裁判所に決めてもらうことになります(904条の2第2項)。


分割の手続き

被相続人が亡くなったときの遺産をもとに,特別受益や寄与分を考慮して修正し,遺産の分割をします。
相続人どうしで協議ができるのであれば,相続分を無視してしまってかまいません。
ですが,協議で決着が付かない場合には,家庭裁判所の手続をとることになります。
家庭裁判所では,まず「遺産分割調停」を行います。
いちどはご破算になった協議ですが,裁判所が絡んだり,第三者のアドバイスが得られることで,調停が成立することもけっこう多いのです。
それでも相続人どうしで調停が成立しなければ,「遺産分割の審判」が出されます。
これは,家庭裁判所が,妥当だと思う結論を出すということです。