相続放棄(民法938条)


人が亡くなると,プラスの財産だけでなく,マイナスの債務も相続します。
被相続人が誰かの保証人となっていた場合,その時には債務がなくても,後から債務が発生することもあります。

プラスの財産よりもマイナス債務のほうが多い場合や,どちらが多いか分からないけれども関わりたくない場合などには,家庭裁判所に申述して相続を放棄することができます。

ただし,相続を放棄できるのは,

 自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内

です(民法915条)。


相続を放棄するかどうかを決めるための期間を熟慮期間といいますが,これを延ばすこともできます。
この熟慮期間の伸長の申立ても,3か月以内にしなければなりません。

「自己のために相続の開始があったことを知った時」の意味

「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは,具体的にいつのことをいうのでしょうか?

 

これは,原則としては,

 「相続開始の事実(死亡した事実)」 と

 「自分が相続人になったこと」

を知った時です。
普通は,亡くなったことを知った時に自分が相続人になったことを知ることが多いのですが,自分の子が先に亡くなり,その子の子どもたち(自分から見ると孫たち)が全員相続放棄をした場合は,孫たちが全員相続放棄をした時に自分(祖父母)が相続人になります。
この時に初めて,「自己のために相続の開始があったこと」を知ることになります。

ちなみに,相続放棄があったことを,裁判所では他の親戚に教えませんので,相続放棄をするときには,次の順位の相続人(普通は子→親→兄弟姉妹となります。)に伝えておいたほうが親切です。


後から借金がわかった時

それでは,最初は借金があることを知らなかったが,3か月以上してから借金が分かった場合はどうなるのでしょうか?
判例では,「借金がないと間違って信じ,そのように信じるのに相当の理由があった場合」には,借金が分かってから3か月以内に相続放棄をすることが認められます。

たとえば,両親が離婚して母親が親権者となり,音信不通だった父親が亡くなった場合には,「借金がないと信じるのに相当な理由があった場合」にあたります。

とはいえ,亡くなってから3か月以上経ってから相続放棄をするのは危険ですから,亡くなってすぐに調査をし,相続放棄をするかどうかを決めるのが安全です。
調査のために3か月の熟慮期間を延長することは可能です(民法915条1項ただし書)。

ですが,実際には,49日を過ぎてからようやく相続について考えたり,弁護士のところに相談したときにはもう3か月以上経っているというケースも結構あります。

家族が亡くなった時には,なるべく早く相談に来てもらいたいと思いますが,法律で3か月と決めているのはちょっと短いような気もします。

 

相続放棄の手続き

相続放棄をするには,家庭裁判所に相続放棄の申述をして,受理されなければなりません。
この申述は,弁護士に依頼することもできますし,自分で行うことも可能です。
弁護士に依頼すると,難しいことは弁護士が対応してくれます。

ですが,相続放棄を本当にする気があるかということは,きちんと裁判所から確認が来ます。
ですから,すべてを弁護士に任せっきりですむというわけでもありません。

相続放棄の申述が受理されればもう払わなくてもよいか?
それでは,相続放棄の申述が家庭裁判所に受理されれば,相続人は安心できるのでしょうか?
そもそも,「相続放棄の申述の受理」とは,どういう意味でしょうか?

これは,相続を放棄することを宣言したことの証明だと考えられています。
つまり,「相続放棄の申述の受理」とは,「ある人が,被相続人から権利も義務も受け取らないことを希望したこと」を家庭裁判所が証明するだけで,その「相続放棄が有効なこと」までは確定していません。

ですから,相続放棄の申述が受理された後でも,被相続人の債権者は,「相続放棄が無効であること」を主張して,遺族を相手に裁判を起こすことができます。
これは,最高裁昭和29年12月24日判決でそのように判断されています。

この場合,「相続放棄が有効かどうか」は,別の裁判所が判断しますので,「相続放棄の申述は受理されたが,実は無効だった」という判断になることもあり得ます。

そのような意味では,「相続放棄の申述が受理されたので安心」というわけにはいきませんが,たいていの債権者は「相続放棄の申述が受理された」と説明すれば,あきらめます。
また,訴訟の中で,相続放棄の主張をするためには,相続放棄の申述が受理されていることが大前提です。

ですから,被相続人の債務の責任を負いたくなければ,相続放棄の申述は絶対にしなければなりません。