債務名義


1 債務名義とは

財産(不動産・車・預貯金・給料・売掛金など)の差し押さえは,すぐにできるというわけではありません。
ときどき,「財産を差し押さえます」と言う人がいたり,「財産の差し押さえに着手しました」と書いたハガキを送る業者がいますが,大半はただの脅し文句です。
というのは,財産を差し押さえるためには,その前段階として,訴訟・審判・調停をしたり,強制執行をしてもかまわないという内容の公正証書を作ったりする必要があるからです。
財産を差し押さえるために必要な書類を「債務名義」といいます(民事執行法22条)。
債務名義は,裁判所という国家機関が,強制的に財産を差し押さえるための書類ですので,法律に定めていないのに勝手に作り出すことはできません。
民事執行法22条の債務名義を,順に説明していきます。

 

 

2 確定判決

「確定判決」(民事執行法22条1号)


訴訟の第1審で判決が言い渡され,判決を受け取ってから2週間以内にどちらも控訴をしなければ判決が確定します。
2週間以内にどちらかが控訴をした場合には,結論がひっくり返る可能性もあるので,判決は確定しません。
控訴審で判決が出ても,上告をして判決が変わる可能性があります。
もうこれ以上相手が上訴(控訴・上告)をしない(できない)状態になると,判決が確定するので,これを「確定判決」といいます。
判決が確定したかどうかは,裁判所が連絡してくれるわけではないので,自分で裁判所に確認し,確定すれば「確定証明書」を発行してもらいます。
不動産の登記を訴訟で求める場合は,判決が確定しないと自分だけで登記をすることはできません。
これに対し,お金を求める訴訟の場合は,次に説明する「仮執行宣言付判決」のように,確定しなくても強制執行をできることがあります。

 

 

3 仮執行宣言付判決

「仮執行の宣言を付した判決」(民事執行法22条2号)

 

民事執行法22条2号では,「仮執行の宣言を付した判決」とありますが,普通の判決書とは別の文書があるわけではありません。
たとえば,200万円を請求した訴訟で全部勝訴した場合,主文は

 

「1 被告は,原告に対し,200万円及びこれに対する平成●年●月●日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 訴訟費用は被告の負担とする。
 この判決は,仮に執行することができる。」

 

となりますが,最後の「この判決は,仮に執行することができる。」という部分が「仮執行宣言」と呼ばれるものです。

 

この文章があると,相手方が控訴したり,判決が出たばかりでまだ2週間経ってない間でも,強制執行することができます。
「仮執行」といいますが,やることは判決が確定した時の強制執行と同じです。
ただし,仮執行を終えた後に,控訴審や上告審で判決が変更され,本来執行してはいけない部分まで執行してしまったということもあります。
その場合は,民事訴訟法260条2項により,「原状回復の申立て」をして,仮執行でとられたものを返したり,仮執行による損害を賠償します。
だまっていても裁判所が親切に原状回復をしてくれるわけではなく,損害を受けた側で申立てをしなければなりません。

 

 

4 決定・命令

「抗告によらなければ不服を申し立てることができない裁判」(民事執行法22条3号)

「抗告によらなければ不服を申し立てることができない裁判」とはずいぶん持って回った言い回しです。
ここでいう「裁判」とは,裁判所で行われる審理の手続のことではなく,最後に言い渡される判決・決定・命令のことです。
判決に対する不服は控訴・上告ですから,「抗告によらなければ不服を申し立てることができない裁判」というのは,判決以外の「決定」「命令」ということになります。
もっとも,決定や命令にはいろいろなものがあり,なかには強制執行になじまないものもあります。
民事訴訟法22条3号が「債務名義」として認めるのは,決定や命令の中でも,強制執行にふさわしいものです。
たとえば,このようなものがあります。

 不動産競売に関する保全処分(民事執行法55条1項・77条1項)
 代替執行の費用前払決定(民事執行法171条4項)
 間接強制の強制金決定(民事執行法172条1項)

上記の例は,相手方が抗告した場合でも,強制執行に移ることができます。

ですが,確定しなければ強制執行できない決定・命令もあります(民事執行法22条3号かっこ書き)。
たとえば,不動産の引渡命令は確定しなければ強制執行に移ることができません(民事執行法83条)。

 

 

5 仮執行宣言付損害賠償命令

「仮執行の宣言を付した損害賠償命令」(民事執行法22条3の2号)

 

「損害賠償命令」というのは,殺人・傷害などの被害者(遺族)が,刑事裁判に付随して損害賠償の請求をできるという制度です(犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律23条以下)。
被害者(遺族)は,通常の民事訴訟でも損害賠償を請求できますが,損害賠償命令の制度を利用すれば,早くて便利な場合があります。


裁判所は「損害賠償命令」を出すのですが,これは通常の民事訴訟の判決と同じようなものですので,この損害賠償命令に仮執行宣言が付いていれば(普通は付きます),強制執行ができます。

 

 

6 仮執行宣言付支払督促

「仮執行の宣言を付した支払督促」(民事執行法22条4号)

訴訟よりも簡単に債務名義をとる方法として,支払督促の手続(民事訴訟法382条以下)というものがあります。
簡易裁判所の裁判所書記官に支払督促を申し立てると,書面だけの審査で支払督促が発付されます(民事訴訟法386条1項)。
相手方(債務者)が支払督促を受け取ってから2週間以内に督促異議を申し立てると通常の訴訟に移行するのですが,異議がないまま2週間経つと,それから30日以内に仮執行宣言の申立てをすることができます(民事訴訟法391条・392条)。
仮執行宣言も相手方の言い分を聴かずに付けられるものです。

仮執行宣言が付いた支払督促があれば,それで強制執行をすることができます。

 

 

7 訴訟費用・和解費用・手続費用

訴訟費用,和解費用,非訟事件・家事事件の手続費用,執行費用及び返還すべき金銭の額を定める裁判所書記官の処分(民事執行法22条4の2号)

訴訟・審判・強制執行の費用を,誰がいくら負担すべきかということは最終的に裁判所書記官が決定します。
これも債務名義になるのですが,それほど大きな金額にはなりませんし,訴訟費用や手続費用を本気になって請求することは多くないので,あまり問題にはなりません。

 

 

8 執行証書

「金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で,債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているもの」(民事執行法22条5号)

民事執行法22条5号の債務名義は「執行証書」と呼ばれるものです。
これは,裁判所ではなく公証人役場で作られる公正証書の一種で,「支払を怠った場合にはただちに強制執行に服する」という内容の条項(強制執行認諾文言)がある公正証書をいいます。

 

たとえば,協議離婚をする場合に,養育費の支払を約束し,滞納した時にはすぐに強制執行できるという内容の公正証書を作ることがあります。
本来なら,相手方が支払を怠った時には裁判を起こして,まず判決をもらわなければならないのですが,執行証書があれば,裁判を起こさずにいきなり強制執行をすることができるということです。
執行証書は,大きなメリットがあるものですが,悪質な業者に詐欺のような手口で作られてしまうこともあります。
もし,自分の知らないうちに公正証書が作られれてしまった疑いが生じたら,すぐに弁護士に相談すべきです。

 

 

9 外国の判決・仲裁判断など

外国裁判所の判決(民事執行法22条6号)や仲裁判断(民事執行法22条6の2号)も債務名義となりますが,あまり例はないと思います。

 

 

10 和解調書・調停調書など

「確定判決と同一の効力を有するもの」(民事執行法22条7号)

確定判決と同じ効力を持つ文書の代表的なものとしては,以下のようなものがあります。

 和解調書(民事訴訟法267条)
 請求認諾調書(民事訴訟法267条)
 調停調書(民事調停法16条・家事事件手続法268条)
 和解に代わる決定(民事訴訟法275条の2)
 調停に代わる決定(民事調停法17条)
 調停に代わる審判(家事事件手続法287条)
 労働審判(労働審判法21条4項)
 労働審判の調停調書(労働審判法29条2項・民事調停法16条)

注意が必要なのは,何も言わなくても裁判所が必ず上記の文書を発行してくれるわけではないし,相手方に送ってくれるわけでもないということです。
調停や和解が成立した時は,調書を自分だけでなく相手方にも渡して(送達して)くれるようにお願いすることが大切です。
そうしないと,いざというときに強制執行ができなくなります。

その他,家事事件の審判は,「執行力のある債務名義と同一の効力を有する」と規定されているので(家事事件手続法75条),強制執行をすることができます。