債権者が債権を譲渡することは原則として自由です。
    
    債権を譲渡される場面というのはいろいろです。
    たとえば,手元に資金のない貸金業者が,他の金融機関から融資を受けるために貸金債権を譲渡することがあります。
    この場合,実際に債権が譲渡されてから何年も経って,いきなり債権譲渡通知が来ることがあります。
    しかも,債権譲渡通知が来た時点では,元の債権者が倒産していたり,倒産寸前だったりすることが多く,借主はひじょうに混乱します。
    このようなときにはいろいろと難しい問題があるので,弁護士に相談するのがよいと思います。
    
    合併や会社分割,事業譲渡などに伴って,債権譲渡がされることもあります。
    債権者が突然聞き慣れない名前の会社に変わるので,「この会社は本当に存在するのか?」という質問をよく受けます。
    架空請求だと思って放置しておくと面倒なことになりますので,登記簿や会社のホームページなどで確認してください。
    
    債務者の返済が滞った場合に,サービサーに債権譲渡がされることもあります。「○○債権管理回収株式会社」という名前の会社がそうです。
    債権回収を目的として,営業として債権譲渡を受けることは誰でもできるわけではなく,サービサーの許可が必要です。
    きちんとしたサービサーかどうかは,法務省に問い合わせれば確認することが可能です。
    もちろん,ヤクザに債権回収を依頼することはできません。
    
    その他にも債権譲渡がされるケースはたくさんありますが,私の仕事では,上に書いたようなケースを取り扱うことが多いように思います。
    
    最初の貸主をA,借主をBとします。
    最初の貸主Aが,Bに対する債権をCに譲渡したという例で考えます。
    
    A(譲渡人)からC(譲受人)に債権譲渡する場合,B(借主)の承諾は必要ありませんので,債権の譲渡は,普通はBが知らないうちに行われます。
    Bは,債権譲渡が行われたことを知らないうちは,Aに返済すればよいのです。
    
    では,CがBの家にやってきて,「今日から俺が債権者だ。俺に支払え。」と言った場合,BはCに支払わなければならないでしょうか?
    
    民法では,もともとの借主AからBに対して「私の債権をCさんに譲渡しました。」という通知が届くまでは,BはCではなくAを債権者として扱えばよい(Aに返済すればよい。)としています。
    逆に言えば,BがAから「私の債権をCさんに譲渡しました。」という通知(債権譲渡通知)を受け取った後は,Cに返済しなければなりません。
    
    債権譲渡通知は,Cではなく「Aから」受け取るのでなくてはなりません。
    なぜかというと,Cが自分で「私が債権を買い取りました。今日から私が債権者です。」と言っても,嘘である可能性があるからです。
    Aが自分で「私は債権を売りました。もう私は債権者ではありません。」と言う場合には,嘘ではなくて真実である可能性が高いといえます。
    (もっとも,CがAの代理人として通知を出すことは可能です。)
    
    債権譲渡通知を受け取った場合以外にも,Bが債権譲渡を承諾した場合には,CはBに対して債権者であることを主張できます。
    Bが「AからCに対して債権を譲渡したのを認めますよ。」と言った以上は,その後にCから請求されればCに返済しなければならないということです。当たり前と言えば当たり前ですが。
    
    これまで説明したような,債権譲渡の「通知」と「承諾」を,「対抗要件」と言います。
    Cが,「Aではなくて私が債権者だ!」ということを主張(対抗)するための条件(要件)なので,「対抗要件」と呼ぶのです。
    
    さらに,対抗要件にも2つあり,「債務者(借主)に対する対抗要件」と「第三者に対する対抗要件」というのがあります。
    ここまで説明したのは,「債務者に対する対抗要件」です。つまり,Cが「B(債務者)に対して」,自分こそが債権者だと主張できる条件だからです。
    
    債務者ではなく,「第三者」に対する対抗要件は,貸主Aが,借主Bに対する一つの債権を,Cに譲渡するだけでなく,Dにも譲渡してしまった場合に問題となります(「二重譲渡」と言われます。)。
    「同じ債権を2人に売るなんておかしいじゃないか。」と思うかもしれませんが,実際にそのようなことは結構あります。
    債権は物と違って目に見えないものですから,複数の人に売ることが可能なのです。
    実際,商工ローンのSFCG(商工ファンド)は,同じ債権を倒産する前に信託銀行や日本振興銀行などに譲渡したため,大きな混乱が生じました。
    このように,もともとの債権者Aが,CにもDにも債権を譲渡することはあり得ます。
    そのため,借主Bが,CからもDからも,「俺に支払え。」と言われることになってしまいます。
    
    この場合のルールが,「第三者に対する対抗要件」です。
    民法では,「確定日付のある証書」で通知か承諾をしなければ,第三者に対抗できないとしています。
    「確定日付のある証書」とは,内容証明郵便だと思ってくれてかまいません。
    「第三者に対抗できない」というのは,Cの立場でいうと,D(第三者)に対して,「お前じゃなくて私が債権者だ!」と主張できない,ということです。
    つまり,Cは,もともとの債権者Aが内容証明郵便で通知をするか,借主Bから内容証明郵便で承諾をもらうかしなければ,Dに対して「私が本当の債権者だ!」とは主張できないということです。
    Dも,内容証明郵便の通知か承諾があってはじめて,Cに対して,「私こそが新の債権者だ!」とは主張できるのです。
    これが,「確定日付のある証書がなければ第三者に対抗できない。」ということです。
    借主Bとしては,CかDか,先に債権譲渡通知を内容証明郵便で送ってきたほうを債権者として扱えばよいことになります。
    なお,発送日や債権譲渡の日ではなく,実際に内容証明郵便を受け取った日時の先後で決まります。
    債権譲渡が二重,三重で行われた場合,結局のところ借主は誰に支払えばよいのか,というのは,けっこう難しい問題です。
    支払先を間違えたときには二重払いのおそれもあります。
    できれば弁護士に相談して判断したいところです。
    
    民法では,債権譲渡の通知か承諾が対抗要件でした。
    第三者に対しては内容証明郵便が必要ですので,ほとんどの場合,債権譲渡の通知は内容証明郵便でやることになります。
    
    この方法とは違って,債権譲渡の登記という制度があります。
    この場合は,誰が誰に対して債権譲渡をしたのかという情報を法務局で登記することになります。とはいっても,不動産登記とは違い,債権譲渡の登記の詳しい内容を見るのは一般の人にはちょっと大変かもしれません。
    そして,債権譲渡の登記がされた場合には,先に登記をした者が,「この債権は私のものだ!」と主張することができます。
    つまり,債権譲渡の登記が「第三者に対する対抗要件」ということになります。
    他方,「債務者に対する対抗要件」はどうするかというと,債務者(借主)に対し,債権譲渡の登記証明書を添付して通知を出すことになります。
    ですから,第三者に対する対抗要件のほうが先に備わって,債務者への通知はずっと後になることもあります。
    最近,貸金業者が自社の債権を譲渡したり担保に入れたりして融資を受ける場合には,債権譲渡の登記が利用されることがほとんどです。
    この場合,借主は,自分の債権が譲渡されていることを知らないまま取引を続けることになります。
    
    債権譲渡をされた場合,債務者(借主)は何か不利益を受けるのでしょうか?
    実際問題として,債権者(貸主)に連絡を取りにくくなったり,支払方法が面倒くさくなったりといった不便な点はあるかもしれませんが,法律的には不利益になることはないのが建前です。
    たとえば,もともとの債権者に対して反対の債権があった場合,相殺の通知をする前に債権譲渡をされたとしても,相殺の主張は原則として可能です。
    あるいは,債権譲渡がされた後に,契約の解除や取消をすることも原則として可能です。
    
    ただし,気をつけなければならないことがあります。
    それは,債権譲渡に対して「異議をとどめない承諾」をしてしまった場合です。
    ここでいう「異議」とは,「もう支払済みだ。」,「反対債権があるので相殺する。」,「解除する。」,「取り消す。」などといった言い分のことです。「異議をとどめない承諾」というのは,譲渡された債権については,何の言い分もないことを認めるということです。
    このような「異議をとどめない承諾」をいったんしてしまうと,後になって,支払済みだったとか相殺したいとか解除や取消しをしたいといった主張ができなくなってしまいます。
    もっとも,債権を譲り受けた者が弁済・相殺・解除・取消などの事実を現に知っていたか,知らなかったことに過失がある場合には弁済・相殺・解除・取消を主張できます。
    
    たまに,債権譲渡通知の封筒の中に,「異議をとどめない承諾をします。」という文章の書かれた用紙が入っていて,「この用紙に署名と捺印をして返送して下さい。」と言われることがあります。
    何もわからないまま言われたとおりに署名・捺印をして送り返してしまう方もいるのですが,この書面を送ってしまったことにより,「異議をとどめない承諾」をしたと認められてしまうおそれもあります。
    どんなに理不尽な内容の書面であっても,とにかく署名と印鑑があれば,「書面に書かれている内容の意思があったはずだ。」と平気で考えてしまう裁判官はそれなりにいますので,注意が必要です。
    
    では,「異議をとどめない承諾」の書面を返送するように言われたらどうするか,ということですが,一つの方法としては何も送らないということになります。
    債権譲渡の対抗要件としては,債権者からの「通知」があれば十分ですので,本来,債務者からの承諾の書面は不要だからです。
    もう一つの方法としては,「異議をとどめない承諾をします。」という内容の文章だけを二重線で消して,その上にハンコを押して返送するというやり方もありますが,どの部分を消すべきかという問題もなかなか難しいので,きちんとした知識のある方以外にはおすすめできない方法です。